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通勤労災 事件

札幌中央労基署長(札幌市農業センター)事件

札幌高判平成元5.8

 

T 事件の概要/事実関係

@     Aは、札幌市の農業センターに勤務していた非常勤の女子労働者であった。 

A     昭和56年6月3日、Aは就業を終えて帰宅の途に着いたが、途中、通常の通勤経路から140メートル外れた地点にある食料品店へ夕食の材料を購入すべく歩行していたところ、通常の通勤経路から40メートルそれた地点で交通事故に遭い、即死してしまった。

B     原告Bら(Aの夫と18歳未満の子2名)は、昭和56年8月3日、交通事故は労災保険法7条の定める通勤災害に当たるものとして、被告C(札幌労基署長)に対して労災保険給付請求(夫は葬祭給付・子は遺族給付)をした。

C     これに対し被告C(札幌労基署長)は、昭和56年12月14日、交通事故はAが通常の通勤経路から逸脱している間に起きたものであるから通勤災害には当たらないとして、不支給の決定を下した。

D     Bらはこれを不服として労働保険審査官に審査請求をしたが、同審査官はこれを棄却した。Bらは次いで労働保険審査会に再審査を請求したが、同審査会もこれを棄却した。

E     そこでBらは、札幌地裁に対し、不支給決定の取り消しを求めて訴えを起こした。

F     第一審は、交通事故が労災保険法7条2項及び3項にいう「合理的な経路」の「逸脱」中に起きたものであるとして請求を棄却した。

G Bらはこれを不服として控訴した。

 

U 札幌高裁の判決

控訴棄却。

a. 労災保険法7条2項にいう「合理的な経路」とは、「労働者の住居と就業の場所との間往復する場合に一般に労働者が採ると認められる経路である。

また、同条3項にいう往復経路からの「逸脱」とは、「通勤の途中において就業又は通勤と関係のない目的で合理的な経路をそれること」である。

さらに同項にいう往復の「中断」とは、「通勤の経路上において通勤とは関係のない行為をすること」である。

b. 認定事実を見るに、

イ. Aが就業場所と住居との間の通常の経路をそれたことは否定できない。

ロ. その目的も、食事の材料等の購入にあって、住居と就業の場所との間の往復に通常伴いうる些細な行為の域を出ており、通勤と無関係なものである。

と断ぜざるを得ない。


c.以上から、本件災害は、同条3項所定の往復の経路を逸脱した間に生じたものと認めざるを得ない。

d.同条3項の文理上、労働者が往復の経路を逸脱した間は、たとえその逸脱が日常生活上必要な行為を行うための最小限度のものであっても、同条1項2号の通勤に該当しないことは明らかである。したがって、本件災害は、労働者災害補償保険法7条1項2号所定の通勤災害に該当しない。

 

V ポイント/教訓

労災保険法は、業務上の事由による負傷等を「業務災害」とし、通勤による負傷等を「通勤災害」とし、それぞれに対して保険給付を行う。

このように「通勤災害」が「業務災害」と区別され、社会的保護の対象とされているのは、「業務災害」が使用者の災害補償責任(労基法第8章)を基礎とする労災補償システムによって保護されるのに対し、「通勤災害」は使用者の災害補償責任から切り離された労災保険法独自の保護対象とされていることによる。

 

労災保険法7条2項は「通勤」を次のように定義づけている。

「通勤とは、労働者が就業に関し、住居と就業の場所との間を、合理的な経路及び方法により往復すること」

では、何をもって「合理的な経路」とするか? 労働省の通達(昭和48.11.22)によれば「当該住居と就業の場所との間を往復する場合に、一般に労働者が用いるものと認められる経路」である。

ただし、「合理的な経路」は一つとは限らない。たとえば、道路工事等で交通渋滞している場合、通常利用することが考えられる経路(いわゆる抜け道)が2,3ある場合、いずれも「合理的な経路」と見なされる。

このように「合理的な経路」であるかないかを一概に判断するのは容易ではなく、個々のケースについて過去の具体的な判断を基に類推することが必要である。

【例】

    マイカー通勤者が賃借りしている駐車場に立ち寄るために通常の経路をそれる場合、これは「合理的な経路」と見なされる。

    子供を監護する者がいない共稼ぎ労働者が託児所あるいは親戚に子供を送迎するために通常の経路をそれる場合、これは「合理的な経路」と見なされる。

    共稼ぎ労働者がマイカーに相乗りし、一方の配偶者を勤務先へ送って自己の勤務先へ向かう場合、両人の勤務先が同一方向で、かつ迂回距離が短ければ、「合理的な経路」と見なされる。
※この事例としては約450メートルでは「合理的な経路」と見なされ、
3キロメートルでは「逸脱」と見なされた。×
しかし、極めて交通不便な地域からの通勤の場合には、迂回距離が約5キロメートルであっても「合理的な経路」と見なされた事例もある。

    経路上のガソリンスタンドが閉店していたため、経路を1キロメートルそれて給油し、そのための所要時間が5分以内であった事例では、「合理的な経路」と見なされた。

これらの事例を見ると、経路の合理性の判断においては、迂回の不可避性の強弱迂回距離がその基準となっている。

 

労災保険法7条2項・3項は、労働者が当該往復を「逸脱」または「中断」した場合、その「逸脱」または「中断」の間およびその後の往復は、「通勤」と見なさないことを定めている。

ただし、二つの例外がある。

例外の@ 判決にも言及されているように、「住居と就業の場所との間の往復に通常伴いうる些細な行為」の範囲内であれば、「通勤」と見なされる。

「些細な行為」とは、経路の近くの公衆便所の使用、経路近くの公園での短時間の休息、経路上の店でのタバコ、雑誌の購入などである。

例外のA 「日用品の購入その他日常生活上必要な行為をやむを得ない事由により行うための最小限度のものである場合は、当該逸脱又は中断の間を除き」、「通勤」と見なされる。

 「日常生活上必要な行為をやむを得ない事由により行うための最小限度のもの」の例としては、帰宅途中での惣菜の購入、独身労働者の外食、クリーニング店への立ち寄り、病院・診療所での治療、選挙の投票、帰宅途中での理髪店・美容院への立ち寄りなど。

 

× 帰宅途中、妻帯者が経路から200メートルそれた飲食店で20分間ほど食事した事例や、帰宅途中、喫茶店で40分間ほど雑談した事例や、帰宅途中、書店に立ち寄ったあと、さらに写真展示会場を見学した事例は、いずれも「通勤」とは見なされていない。

 

なお、帰宅途中での惣菜の購入が「日常生活上必要な行為」であるならば、本件のAの夕食の材料購入もまた、しかりである。しかし、肝心なことは、「逸脱又は中断の間を除き」の一語である。Aは「逸脱又は中断の間」に被災したのである。もしAが夕食の材料購入を終えて通常の経路に復帰していれば、「通勤」途上での被災と見なされたはずである。

 

結論としては、「通勤」の経路や方法など、種々雑多な通勤行為のうち、法的保護の対象とされる範囲が厳しく限定されていることを、改めて認識すべきだということである。

 



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